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日々思うこと
のんびり屋のきまぐれなブログ。最近はみんカラのミラーサイト的な立ち位置に。
患者さんの死
医師になって4年目。

医師が避けて通れない道の一つとして「患者さんの死」がある。

これまで様々な患者さんの死に立会い、その人の人生を締めくくる見届け人となってきました。

最近は当直先での確認が多いので、それほど感情移入はしません。

ただ、見守る家族の人に失礼のないよう、また誠意ある態度でいようと心がけます。

一方で入院期間も長くなって付き合いの深くなった人の患者さんだといろいろ感じることもあります。

忘れもしないのが、初期研修での内科研修1日目にあてられた新入院の患者さん。

優しいおじいさんで2ヵ月半くらいは元気でした。

その間も、少ない時間ながらもいろいろ交流のあった人でしたが、病気のせいでご飯が食べられなくなって尿量が少なくなってから急に全身状態が悪くなりました。

最期は3日も寝てないから寝かせて欲しいと本人、家族の人から希望があってsedationをすると眠るようにその日に亡くなりました。

忘れもしない正月明けの早朝で、家族の人は悪くなる前に正月に家に帰ることが出来てよかったと言っていました。

自分にとっては、自分の行ったsedationが「トドメ」となってしまったのではと数日悩みました。

それについては自分の中で納得のいく結論を得たのでそのことでウジウジすることはありません。

辛いといえば辛いです。

しかしその辛さから逃げるために、患者さんとのコミュニケーションが希薄になるようなことはあってはいけません。

それ以後も自分は患者さんとはそれまでと変わりなく接しています。

しかし、最近感じることが一つあります。

全身状態が悪くなって、もう死を待つしかない人たちに対して、知らない間に自分の足が遠ざかってることに気がつきました。

どうしてだろう・・・

治療する必要ないから?

いやいや違う!

たぶん、感情移入してしまうからでしょう・・・。

そう感じたのは、自分がそういう患者さんと接している時は不思議と感情を表に出さず、無表情でいることに気がついたから。

知らない間に自己防衛を行っていたわけで。

ちなみに死に直面したのは18歳の春。

12年飼った愛犬の死でした。

庭で飼ってたけど・・・自分の前にわざわざやってきて其のままの勢いで倒れて息絶えました。

今でも鮮明に覚えていて、その時は泣きながら母親に電話したのを覚えています。


それ以来、死の前では涙を流していません。

普段気の強い病棟の看護師さんも患者さんが亡くなるとその時ばかりは涙を流しながらケアをしています。

普段、医師以上に患者さんと接しているゆえのことでしょう。

ちなみに自分なりのポリシーだけど、患者さんの死に際しては医師は厳格であるべきだと考えます。

その人の人生を締めくくる宣告をするわけだからね。

でも心の中では悲しみに満ち溢れています・・・


ちなみに・・・自分のケースではないけど、乳飲み子を残す女性の死は辛いです。

残された家族どうするんだよ・・・
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テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体